心まにまに

AIとの関わり

『Chat GPT』を体験しました。

チャット画面に話しかけると、

I(人工知能)が

チャットで即座に返答するシステムです。

「何かオススメの本、ある?

といった日常の会話から、

「小学校の教員として

 大切な資質は何でしょうか?」

といった質問にまで、

即座に答えが返ってきます。

また、会話をこなすたびに、

AIは学習をするようです。

 

Chat GPTの

「そつなく、スマートな受けこたえ」

は、人に相対する感覚で感心します。

 

ただ、

それは情報の伝達に過ぎません。

人と人の会話は、

情報を伝えるだけでなく、

そのときの「感情を伝える」

という要素が含まれます。

 

たとえば、

「ちょっと熱っぽいんだけど…」

と話す言葉の中には、

(風邪ひいたかな…)

という不安という感情が含まれます。

その感情をくみ取って、

「大丈夫?休んでおいたら?」

と返す言葉の中には、

(つらそうだな、心配だな…)

と、相手を気遣う感情が含まれます。

そのような気遣いで、

つらい気持ちも少し楽になる。

 

これが、Chat GPTだと

「熱っぽい原因としては、

 次のことが考えられます。

 一つは、…」

と、やはり情報の対応なのですね。

 

今の子どもたち、

これから生まれてくる子どもたちは、

AIと会話することが

当たり前になっていくことでしょう。

それに慣れすぎて、人との会話が

「わずらわしい」とならないかな、

感情のやりとりを面倒と思わないかな…

と、んなことが気になります。